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2007年2月14日 (水)

おもしろ印講座 7回目

③日本の印の歴史
さて、日本はどうだったのでしょう。
日本の場合は、中国の文化を朝鮮経由で輸入し、日本ナイズしたといってもいいでしょう。
たとえば、ひらがな、この日本独特のすばらしい字も、元を正せば漢字、つまり中国のものです。しかし、漢字のまま使わずに、ひらがなという日本的に変化させたということが、日本人の凄いところなのでしょう。
 4~5世紀、中国の漢字は、仏教伝来という形で日本にもたらされます。つまり、お経の巻物が坊さんと一緒に入って来たということです。仏教伝来お寺にご参拝(538年)と、中学の時に覚えましたね。
それまで、文字を持たなかった日本人は急に文字を使うようになっていくのです。 聖徳太子は日本、中国、朝鮮の言葉を操っていたと思われます。
中国と朝鮮の文化を学び、手本にしていった時代なのです。
さて、ひらがなの話です。
どの国でも、どの言語でも、聖書にもあるように「はじめに言葉ありき」で、言葉が先です。そして、その言葉にあわせて文字が後から出きます。日本の場合、日本の言葉にいきなり入って来た漢字をそのまま使って当てはめました。
具体的には,
写真(秋萩帖)のように
一音に漢字を一字当てていったのです。

Photo_84

安幾破起乃之多者以呂都久以未余理処
悲東理安留東乃以祢可転仁数流
(あきはぎの したばいろづくいまよりぞ 
ひとりあるひの いねがてにする)

なんと沢山の漢字が並びました。
大変ですね。でも、漢字を日本語に使い始めたのです。文字を持ったのです。
これを万葉仮名と読んでいます。もともと万葉集は全部漢字だけで書かれています。今の国語の教科書からは想像もできませんね。
そして、これでは大変面倒で、書くのにも時間がかかります。
これから改造が行われます。草書体を参考にして、どんどん簡略化していって、究極の形までシンプルで美しいものを生み出しました。
これが、平仮名です。はじめは女手と呼ばれ、女性が作り出し、広めていったのではないかと考えられています。その後、男性も使い始め、藤原時平の時、日本初の勅撰和歌集である古今和歌集がひらがなで書かれることになって、漢字と平仮名の立場が逆転します。(と、この前のNHKその時歴史が動いた、でも言ってましたね。ついでに、その時菅原の道真は太宰府に左遷させられるのです。)

そして、このひらがなを漢字と共に、平安時代から江戸時代まで使用してきました。
もちろん、筆記用具は筆と紙です。美しい紙に書かれて仮名文字と
武士の書いた手紙などが思い浮かぶでしょう。
しかし、文字を読み書きできるのは主に武士や商人です。江戸時代まで、読み書きのできない人が多かったのです。ただ、江戸に限っては特殊なようで、江戸時代後期の江戸町人の識字率は男性70パーセント、女性20パーセント、武士は100パーセント、と考えている学者も多いようで、これは世界的に見て、この時代にしては驚くべき数字なのだそうです。
 さて、明治になって政府は、学校教育にあって、一音につきいくつもの字体があっては、複雑でわずらわしいので、小学校令により、一音一字に仮名の制定を行いました。これが、現在我々が使っている平仮名なのです。識字率を上げるために改革を行います。
ひらがなの制定です。
 江戸時代までは、い、と読める漢字、例えば
以、為、井、意、伊、移、違など、い、と発音する漢字が元になった仮名は皆、い、でした。
それでは憶えにくいので、一つにしなければなりません。
明治政府は、いろは48文字に、一つずつの仮名に決めたのです。
それを、平仮名、と呼び、その時に選ばれなかった仮名を変体仮名と読んで区別しました。なんと、明治33年、すなわち1900年の話です。まだ百年ちょっとしか経っていないのです。

最初の「あきはぎの…」で、平仮名の元になった漢字と変体仮名になった漢字が交じっています。
どれが平仮名の元の漢字か、わかりますか?
安→あ 乃→の 之→し 以→い 久→く  留→る 仁→に
です。残りは変体仮名ということです。

前置きがとても長くなってしまいました。このように、中国から入って来た文化を、我々の祖先は上手に日本的にアレンジして来たわけですが、印においても同じです。

Photo_86 話を印に戻します。
「漢委奴国王」金印が示すように、中国の官印制度つまり権威の象徴として印を授けられたことが、始まりでしょう。その後日本風の印になっていきます。

Photo_87

大和古印は、銅製で、丸みを帯びた細い線の朱文の印です。堅苦しくなくて、暖かみのある、なんだか可愛い印ですね。

その後、世界最古の木版印刷といわれる百万塔陀羅尼を生み、勘合符、花押、朱印、割印、烙印、など日本独特の印文化を生み出しました。

Photo_89

(百万塔陀羅尼経)

そして、現代でも、印鑑証明、印鑑登録など、重要なものには欠かせないものとなっていますね。

これでやっとメソパタミアから始まった長い話も終わりです。
改めて手元の小さな印を見て下さい。
長い歴史が詰まっているのです。おもしろいでしょ。

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